

「心理的安全性」という概念に興味を持ったあなたは、それをもとに組織をより良い方向に進めたい、そう考えているに違いありません。しかし「心理的安全性」は組織改善の万能薬ではありません。
組織の問題と原因を明らかにする
「心理的安全性」は病気の予防や治療に例えると、睡眠や食事、適度な運動による「健康な生活習慣」のようなものです。健康な生活習慣は体力や免疫力を高め病気になることを防ぎ、いざ病気になったとしても回復しやすい身体をつくります。
しかし、逆を言えば、体力をつけて免疫力を高めれば自然治癒するような組織の病理(問題)であれば自然と解決に向かっていくかもしれませんが、そうでない場合、すなわち組織をむしばむ悪循環を生じさせる病因が別にある場合は、その対処が必要になることも少なくありません。
今回は「心理的安全性」による自然治癒だけでは改善が期待できないケースについて2つほど紹介します。
「心理的安全性」とは
心理的安全性は、「相手にどう思われてしまうだろうか」と言った対人関係上のリスクや不安を感じることなく、互いに率直な意見を言い合える組織の風土を表しています。率直な意見交換がなされなければ、組織が成長したりイノベーションを起こす機会が生まれません。それどころか、失敗や問題が共有されなかったり、最悪の場合隠蔽されたりして組織を腐敗させてしまうこともあります。
そう言った事実が1990年代頃から科学的に研究され、明らかにされる中で、現在ビジネスシーンにおいても組織改善に最も重要な要素として注目されています。
「心理的安全性」だけでは解決しないケース①
現実の組織改善プロジェクトの中で最もよくみられるケースは、マネジメント層に「変わる気」がないケースです。
よく考えれば当たり前の話なのですが、「心理的安全性」は互いに率直な意見を言い合い、それを取り入れることで組織が成長できることを明らかにした概念です。すなわち、トップダウン型の組織であれば、全員参加型の組織運営へと転換が求められることとなり、マネジメント層の意識改革こそ真っ先に必要となります。
例えば、「従業員のモチベーションを上げたい」「従業員に主体性を持って仕事をしてほしい」と言いつつ、実際には「与えられた仕事に熱心に取り組んでほしい」「言われなくても自分で考えて上司の期待通りに動くようになってほしい」と思っており、「従業員を変えたい」というマインドのまま「心理的安全性」の実現を目指そうとすると、解決しないどころかマネジメント層と現場の溝が深まってしまうことさえあります。
なお、「全員参加型の組織運営」とは書きましたが、それはみんなが横並びの組織ということではありません。むしろ「心理的安全性」の提唱者であるエドモンドソンもリーダーの意思決定の重要性を強調していますし、階層化されマネジメント層の権限が明確化されていることは重要です。
(どのようなマネジメント体制を取るべきかは今回は割愛します)
「心理的安全性」だけでは解決しないケース②
2つ目のケースは新たな意見を活かす仕組みが未整備なケースです。
「心理的安全性」が担保され、互いに率直な意見を言い合えるようになると、メンタルヘルスが改善されたり、仕事のパフォーマンスが向上すると言われています。また、ミスや失敗も減ることが科学的に証明されています。
しかし、せっかく交換された意見を仕組み化する方法が確立していなければ、その効果はある程度で頭打ちになってしまう可能性があります。もちろん、言いたいことが言えない環境では不満やストレスも溜まってしまいます。それが解消されるだけでも職場環境としてはかなりの改善が見込めますが、もし「心理的安全性」を通して組織に革新的な成長をもたらしたいと考えているのであれば、挙げられた新たな意見を制度化するための制度を同時に「処 方」する必要があります。
一般的な例で言えば、現場で気づいた業務改善策などはすぐに試験導入できるようにするために、中間管理職層(部課長など)権限で決裁できる事項を増やすなどがあります。また、同時に、“試験”という点が重要で、「良さそうなことはまず試してみる」という風土も歓迎する必要があります。そのためには仮に失敗しても挑戦そのものを評価する人事評価制度を導入するなども有効です。
まとめ
今回は2つのみ紹介しましたが、「心理的安全性」だけでは解決できない課題、あるいは「心理的安全性」そのものの実現が難しい職場は他にもさまざまなケースがあります。
(例えば、いくら「心理的安全性」を目指してもハラスメントが実在しているような職場ではまずその対策をしなければいけません)
大切なことは、「心理的安全性」を通して実現したいことが何なのかその「目的」を明確にすること、それを阻害している「原因」を明らかにするため、事前に社内の現場を調査・分析してみることです。そしてその上で、経営者などのマネジメント層自身が変化を受け入れる心の準備を済ませておくことが大切です。